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東京地方裁判所 昭和25年(わ)3641号 決定

被告人 羽田野守夫

右の者に対する詐欺被告事件について、次のとおり決定する。

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、昭和二十三年八月三日頃東京都杉並区天沼二の四九二堀越繁太郎方において、同人に対し、横山留治の所有であつて自己が居住していた同区阿佐ヶ谷六の一三〇所在木造二階建、延二〇坪の住宅一棟を自己の所有物のように装い、これを担保に差入れると嘘を言つて金員の借用方を申込み、同人に右住宅が真実被告人の自由に処分し得る所有物であると誤信させ同日同所において同人から借受金名義で金二三六、〇〇〇円の交付を受けて、これを騙取した。

というのであるけれども、被告人の弁護人は被告人に対しては同人に対し公訴の提起のあつた昭和二十五年六月十三日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されなかつたと主張するので、以下この点について検討する。

記録添付の送達報告書、証人小野領四郎の公判廷の供述によると、昭和三十五年六月二十一日午後四時三十分に被告人に対する起訴状謄本が執行吏小野領四郎によつて東京都杉並区阿佐ヶ谷六の一三〇の被告人の同居者高橋サダに交付された事実が認められる。そして証人羽田野トシ、証人高橋サダおよび被告人の公判廷の供述によると、被告人は昭和二十年二月頃から昭和二十五年五月頃まで右阿佐ヶ谷六の一三〇高橋政利方に妻羽田野トシ、同人妹高橋サダ等とともに居住し、昭和二十年二月二十七日以来昭和二十六年二月に至るまで右同所に被告人の住民登録がなされていた事実が認められるから、被告人に対する起訴状謄本の送達は民事訴訟法第百七十一条のいわゆる補充送達の方法により一応適法に送達された観がある。検察官が右の送達が有効であると主張するのもそのためである。

しかし一方証人羽田野トシ、高橋サダ、被告人の公判廷における各供述、羽田野トシに対する検察官調書(25 6 8)証人小野領四郎の公判廷の供述(25 7 22公判期日召喚状送達報告書欄外の記載に関する部分)によると、被告人は右高橋サダが被告人に対する起訴状謄本の交付を受けた昭和二十五年六月二十一日より約一箇月前の同年五月十五日頃家出をして前記高橋政利方に居住していなかつた事実が確認できる。

いうまでもなく送達は、或る特定人に書類を届けるための手段であるから、本人がその住居に不在の場合に、送達の趣旨を理解できる同居者に書類を交付してするいわゆる補充送達の方法は、その同居人を通じて書類送達の趣旨が本人に伝達されることが可能な場合を予想しているのである。それで、本件のように被告人が単に一時の外出ではなく、家人に行先を告げずに長期間にわたつて家出をしたため、家人との連絡が全然とれなかつたような場合には、その家出前の同居者に対する送達は、もはや同居者に対する送達といえないから、その場合の送達は本人に対して有効になされたものと解するわけにはいかない。

従つて、本件においては被告人に対する公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されなかつたものとして、公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたものといわねばならない。

もつとも、証人羽田野トシおよび被告人の公判廷における各供述によると、被告人は昭和二十五年五月十五日前記自宅から出奔する前に検察庁において本件について取調べを受け、本件の示談を勧告されたため、示談金五〇、〇〇〇円の調達をすることが家出をした大きな原因であつたという事実が認められるので、本件起訴状謄本が送達されなかつたのは、被告人が本件について起訴されることを恐れて逃げ隠れていたためではないかとも見られるけれども、刑事訴訟法第二百七十一条第二項の起訴状謄本が送達されない場合というのは、被告人が逃げかくれていたために起訴状謄本の送達ができなかつた場合をも含むと解されるから、本件の場合にも起訴状謄本の送達ができなかつた理由が、被告人が逃げ隠れていたためであるとしても、公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたものといわねばならない。

それで、刑事訴訟法第三百三十九条第一項第一号によつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 浦辺衛)

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